
※CCW Orlando 2026 視察レポート 連載記事(全3回)
※著者:網本 信幸(株式会社Proz 代表)
※前回公開記事「第2回 米国CCが見据える「生成AI後」の実装」はこちら
「置き換え論争」を超えた先にあるもの
これまで 2 回にわたり、CCW Orlando 2026 の視察を通じて見えた米国コンタクトセンター市場の現在地を報告してきた。
第 1 回では、米国が「AI チャットボット」の次のステージ――Agentic AI とVoice AI に進んでいること、そして日本との約 3 年の遅れを指摘し た。第 2 回では、Dell、Macy’s、JetBlue の具体的な実装事例を通じて、オペレーターの役割がどう変わっていくかを掘り下げた。

最終回となる本稿では、これらの知見が日本市場に対して何を示唆するのか、そして今すぐ着手すべき具体的なアクションを整理したい。
結論から述べれば、AI は人を置き換えない。しかし、仕事の構造は確実に変える。そしてその変化に対応できるかどうかが、今後 3 年間のコンタクトセンターの競争力を左右する。
私が学んだ 3 つの核心
CCW 全体を通じて、私が最も重要だと感じた学びを 3 つに整理すると、こうなる。
1.Personalization = データ連携が前提 |
これらは抽象的なスローガンではなく、極めて実務的な設計の話だ。以下、順に掘り下げる。
1.Personalization = データ連携が前提
前回も触れたが、米国企業が語る「Personalization」は特別なことではない。AI チャットボットが CRM、ログイン情報などに接続している、という意味で OK だ。

しかし、この「当たり前」が日本ではまだ実現できていない企業が多い。Zillow のFelicia Williams 氏が語った「customer context(顧客の文脈)」という概念が、この重要性を明確に示している。

「住宅購入という重要な意思決定において、顧客は膨大な不安を抱えています。彼らがカスタマーサポートに連絡する時点で、すでに何度も Web サイトを訪れ、物件を比較し、複数のオペレーターとやり取りしている。その文脈を理解せずに『どのようなご用件でしょうか』と聞くこと自体が、顧客体験を損なう」
この「文脈の理解」は、データ連携なしには実現できない。
日本企業が直面している課題は、コンタクトセンターのシステムが他部門から孤立している「サイロ化」だ。営業が持つ顧客情報、マーケティングが把握している行動履歴、製品部門が管理する技術情報――これらがコンタクトセンターと連携していないケースは珍しくない。
2.オペレーターの選択肢を顧客に必ず提供する

CCW Digital の調査データが示していたのは、顧客が AI そのものを拒否しているわけではない、という事実だ。顧客が拒否しているのは、「十分に機能しない自動化」「選択肢のない押し付け」だ。
ここで学んだ最も重要な視点は、顧客に「選択肢」を必ず提供することの必要性だ。
AI による自己解決、有人チャット、電話――顧客が自分の状況に応じて選べるようにする。緊急度が高い顧客、複雑な問題を抱える顧客に対しては、いつでも人間のサポートにアクセスできる道を用意すべきとの主張だ。
具体的には IVR の先にはコールオペレーターがいて、AI チャットボットの先には有人チャットオペレーターを設置すべきとの話だ。

Brian Cantor 氏が指摘していた構造的な問題を思い出す。
「多くの企業は、AI を導入することで『deflection rate(逸らし率)』が上がり、『average handle time(平均処理時間)』が下がったことを『成功』と見なします。しかし実際には、顧客が不満を抱えたままオペレーターに到達するケースがある。指標は改善しても、体験が改善していないのです」

JetBlue のPreya Rampertab 氏も同様の視点を示していた。
「私たちは、AI を『オペレーターの仕事を奪うもの』ではなく『オペレーターを支援するツール』として明確にポジショニングしました。そして顧客には常に、人間のオペレーターにエスカレーションする選択肢を提供しています」
具体的なアクションとして、以下の4項目が挙げられた。 |
3.盲目的な技術導入ではなく、具体的な課題ベースで検討する
第 1 回で触れたが、米国でも当初は「生成 AI さえ入れれば問題が解決する」と考えた企業が多かった。しかし現実は、具体的なプロセスや顧客の体験課題をベースに「どうやったら解決できるか」を検討しなければ、技術だけでは期待した成果は得られない。

Macy’s のSantosh Subramanyam 氏が語った実装プロセスが示唆的だ。
「新しいテクノロジーを導入するとき、私たちは必ずフロントラインのチームを設計プロセスに巻き込みます。彼らは実際のワークフローを最もよく理解しています。そして、技術と人間が共進化できる『training lab(トレーニングラボ)』を設置します」
この「フロントライン参加型の設計」が、日本企業に最も欠けている視点だと感じた。 多くの日本企業では、コンタクトセンターの AI 導入が「IT 部門主導のプロジェクト」になっている。
しかし、実際に顧客と向き合い、プロセスの課題を知っているのは現場のオペレーターだ。彼らを設計プロセスに巻き込まなければ、本当に機能するシステムは作れない。
JetBlue のRampertab 氏も同様の視点を示した。
「私たちは、『high volume, low risk(高頻度・低リスク)』という明確な基準で、AI に任せるタスクを選定しました。発生頻度が高ければ効率化の効果は大きく、リスクが低ければ失敗時の影響は限定的です。そして段階的に、より複雑なタスクへと拡張していきました」
この「具体的な課題ベース」のアプローチが、PoC 止まりと実運用の分水嶺だ。
具体的なアクションとして、以下の4項目が挙げられた。 |
オペレーターの役割再定義:変化を前提とした組織設計
会場全体を通じて「オペレーターは一定数減ることが当たり前」という空気があった。しかし同時に、「オペレーターが無くなる」と思っている人は誰もいなかった。

Dell のAnkit Talwar 氏が語った「superhuman agents(超人的エージェント)」という概念が、この変化の本質を表している。
「AI によって情報取得が自動化されれば、オペレーターは顧客の会話(感情)に集中できる。技術的な問題の背後にある、本当の不安や焦りに寄り添える。そしてそのようなオペレーターこそが、組織にとって最も価値のある人材になる」
オペレーターの仕事は確実に変わっていく。リピートタスクなどは圧倒的に AI のほうが得意だ。しかし、感情が入るもの、例外が入るものはまだまだ人の領域だ。
この役割変化は、採用基準、育成プログラム、評価制度、そしてキャリアパスのすべてに影響する。
従来求められたスキル: |
これから求められるスキル: |
Rampertab 氏が語った変革管理のアプローチも参考になる。
「私たちは、AI を『オペレーターの仕事を奪うもの』ではなく『オペレーターを支援するツール』として明確にポジショニングしました。そして、新しいスキル開発のためのトレーニングプログラムを大規模に展開しました」
「重要なのは、オペレーターが『AI が来たら自分は不要になる』と感じないことです。代わりに『AI のおかげで、もっと価値の高い仕事ができるようになる』と感じられるよう、丁寧なコミュニケーションと実際のスキル開発支援を行いました」
具体的なアクションとして、以下の5項目が挙げられた。 |
「AI がオペレーターを支援」だけでなく、その逆もある
今回の視察で興味深かったのは、「オペレーターを AI が支援する」という一般的な理解に加えて、その逆もある、という視点だ。

Dell の Talwar 氏が説明した予測的サポートの事例がこれを象徴している。
「AI が『このラップトップは 24 時間以内に故障する可能性が高い』と予測したとしま す。しかし、その情報をそのまま顧客に自動送信することは避けます。顧客の状況によって最適なコミュニケーション方法は異なるからです。重要なプレゼンの前日なのか、余裕のある週末なのか。こうした文脈を理解し、適切な言葉とタイミングで伝えるのは、やはり人間の判断が必要です」
つまり、AI の判断が難しいところ――特に感情的配慮が必要な場面、例外的な状況、文脈依存の判断――これらは人が行う。
JetBlue の事例でも同様の設計が見られた。
「AI は顧客がポリシーの範囲内で選択できるオプションを提示しますが、例外対応や感情的な配慮が必要な場合は必ずオペレーターが介入します。たとえば、家族の緊急事態で急きょフライトを変更する必要がある顧客がいます。AI はこうした判断を提案することはできますが、最終決定は人間が行います」
この「AI と人間の相互補完」という設計思想が、次世代のコンタクトセンターの核心だ。
3 年の遅れを埋めるための具体的ロードマップ
最後に、日本企業が今すぐ着手すべき具体的なアクションを、優先順位をつけて整理したい。
Phase 1(今すぐ着手):データ連携基盤の整備
・各部門が保持する顧客データの棚卸し |
Phase 2(並行して実施):フロントライン参加型の課題特定
・現場オペレーターへの徹底的なヒアリング |
Phase 3(設計段階):顧客への選択肢提供の実装
・自動応答、有人チャット、電話のマルチチャネル設計 |
Phase 4(実装段階):段階的な AI 導入と学習
・「high volume, low risk」タスクから着手 |
Phase 5(組織変革):オペレーターの役割再定義
・新しいスキル要件の明確化 |
終わりに:次のステージへ
今回の CCW 視察を通じて得た最大の学びは、米国が既に「試行錯誤のフェーズ」を経て、明確に次のステージに入っているという事実だ。
米国コンタクトセンター市場との 3 年の遅れは、決して取り戻せないような大きな差ではない。しかし、その 3 年を埋めるには、盲目的な技術導入ではなく、本稿で整理した具体的なアクションに今すぐ着手する必要がある。
重要なのは: |
この連載が、一社でも多くの日本企業が「次のステージ」に進むきっかけになることを願っている。
そして、日本独自の強み――丁寧さ、きめ細やかさ、おもてなしの文化――を活かしながら、グローバルスタンダードの設計思想を取り入れた、新しいコンタクトセンターの姿が生まれることを期待したい。
【著者プロフィール】 |
