
※CCW Orlando 2026 視察レポート 連載記事(全3回)
※著者:網本 信幸(株式会社Proz 代表)
※前回公開記事「第1回 米国 CC が問う”次の設計思想”」はこちら
「次のステージ」で何が起きているのか

前回、米国コンタクトセンター市場では「生成AIを導入するか否か」の議論が既に終わっていることを報告した。そして、日本との約3年の遅れを指摘した。第2回となる本稿では、米国が既に進んでいる「次のステージ」――Agentic AIとVoice AIの具体的な実装事例を掘り下げる。
結論を先に述べれば、会場全体を通じて「オペレーターは一定数減ることが当たり前」という空気があった。しかし同時に、「オペレーターが無くなる」と思っている人は誰もいなかった。
むしろ議論の焦点は、「オペレーターの仕事がどう変わるか」「AI と人間がどう役割分担するか」という、より建設的なテーマに移行していた。
Dell: オペレーターを「スーパーヒューマン」にする設計思想

Dell のAnkit Talwar 氏(Director, Product Management AI)が登壇したパネル
「Empowering Agents in the Age of AI」は、私にとって最も示唆に富んだセッションの一つだった。
Talwar 氏が繰り返し強調したのは、「AI はオペレーターを置き換えるのではなく、 superhuman(超人的)にする」という哲学だ。
具体例として示されたシナリオが分かりやすかった。
「顧客がDellのラップトップに不具合を感じて問い合わせをする。従来であれば、オペレーターは『いつから不具合が起きていますか』『どのような症状ですか』といった診断的な質問を5〜10 分かけて繰り返す必要があった」
「しかしAIが事前にデバイステレメトリ(遠隔診断データ)を解析していればどうか。『このラップトップは過去30時間連続で稼働しており、特定のドライバーに異常な負荷がかかっている。メモリ使用率は95%を超えている』という情報がオペレーターの画面に自動表示される」
「オペレーターは『お客様、大変なプレゼンテーションが控えているとのこと、承知いたしました。実は私の方で、お客様のラップトップから送られてくるデータをすでに確認しておりまして、問題の原因を特定できています』と会話を始められる」
これを聞いて、私が実感したのは「オペレーターの仕事は確実に変わっていく」という事実だ。
リピートタスク――情報収集、データ検索、基礎的な診断――これらは圧倒的に AI のほうが得意だ。しかし、その情報を基に「この顧客は本当に何に困っているのか」「どう伝えれば安心してもらえるか」を判断するのは、まだまだ人間の領域だ。
Talwar 氏が提示した「inverted pyramid(逆ピラミッド)」モデルも興味深かった。
「従来の組織構造では、CEOが頂点に位置し、フロントラインのオペレーターが最下層にいる。しかし顧客接点という観点では、この構造は完全に逆だ。顧客に最も近く、顧客の痛みを最も深く理解しているのはオペレーターだ。AIを含むすべてのリソースは、そのオペレーターを支えるためにある」
「AIによって情報取得が自動化されれば、オペレーターは顧客との会話(感情)に集中できる。そしてそのようなオペレーターこそが、組織にとって最も価値のある人材になる」この思想は、「オペレーターをAIが支援する」という一般的な理解に加えて、重要な視点を提供している。
つまり、AIによる自動化が進むほど、残された人間の仕事は高度化し、その価値は上がるという構造だ。
Dellの先進事例:予測的カスタマーサポート
Talwar 氏はさらに、「predictive support(予測的サポート)」という次のステージについても語った。

「私たちのラップトップは、大量のデータを送信しています。AIはこれらのパターンを学習し、『このまま使い続けると、48時間以内に重大な障害が発生する可能性が85%』といった予測を行えます」
「そして重要なのは、この予測に基づいて『proactive outreach(先回りの連絡)』ができることです。顧客がプレゼン直前にラップトップがクラッシュして慌てるのではなく、その前日に『お客様、システム診断の結果、念のため簡単なメンテナンスをお勧めします』と連絡できる」
ここで重要なのは、この予測をどう顧客に伝えるかの判断だ。Talwar 氏は「最終的な判断と伝達はオペレーターが行う」と強調していた。
「AI が『このラップトップは 24 時間以内に故障する可能性が高い』と予測したとしま す。しかし、その情報をそのまま顧客に自動送信することは避けます。顧客の状況によって最適なコミュニケーション方法は異なるからです」
つまり、AI がオペレーターを支援する領域での AI 検討もあるが、その逆もある。AI の判断が難しいところ、特に感情が入るもの、例外が入るものの判断だけを人がする、という設計だ。
この役割分担の明確さが、米国の実装フェーズの特徴だと感じた。
Macy’s: カスタマージャーニーに沿った AI 配置

米小売最大手の一社Macy’s のSantosh Subramanyam 氏(Director, Enterprise Omnichannel Product, CX & User Experience Design)が登壇したセッション「Mapping the Future: How to Align AI Solutions with Your Customer Journey」では、別の視点が提示された。
「AI は万能ではありません。どのタッチポイントにどの AI を配置するか、その判断が CX設計の核心です」とSubramanyam 氏は語った。
Macy’s の具体的な成果として、医薬品の事前承認プロセスにおけるAI導入事例が共有された。
「以前は、医師からの問い合わせが 1 日に数百件あり、処理に平均 72 時間かかっていました。AIによる自動トリアージと自己解決システムを導入した結果、問い合わせ量が40%削減され、チームは戦略的な成長イニシアチブに時間を割けるようになりました」
この事例の重要なポイントは、単なる「deflection(逸らし)」ではなく、「appropriate resolution(適切な解決)」を実現した点だ。
オペレーター数が減ることは事実だ。しかし、それは「人を減らすため」ではなく、「人がより価値の高い仕事に集中するため」という目的が明確だった。
JetBlue: 高リスク業界における Agentic AI の実装

航空業界から登壇した JetBlue のPreya Rampertab 氏(Senior Manager of Customer Support Standards & Programs)のセッション「Agentic AI: The New Flight Path for Airline CX」は、Agentic AI の実装において最も具体的な事例を提供してくれた。
「従来の自動化は、あらかじめ設定されたシナリオに沿って動く『リニアな対話』しかできませんでした。しかし航空業界の顧客対応は、再予約、払い戻し、代替便の検討、宿泊手配まで、複数のタスクが同時並行で発生します」
「Agentic AI は、これらを orchestrated system(統合されたシステム)として処理できます。顧客が『明日の午前中に確実にボストンに到達する必要がある』と言えば、AI は複数の代替ルート、接続便、他社便も含めたオプションを即座に評価し、最適な提案を行います。そして顧客が選択すれば、その場で予約変更、座席指定、マイレージ調整まで完了させます」
これがまさに、私が会場で感じた「次のステージ」だ。単に質問に答える自動応答ではなく、実際に業務を完結させる AI――これがAgentic AI の本質だ。
JetBlue の事例では、フライト遅延発生時に以下の処理を AI が実行する。
1. 影響を受ける顧客を特定 |
しかし、Rampertab 氏が強調したのは、「Human Oversight(人間による監視・判断)」の重要性だった。
「AIは顧客がポリシーの範囲内で選択できるオプションを提示しますが、例外対応や感情的な配慮が必要な場合は必ずオペレーターが介入します」
「たとえば、家族の緊急事態で急きょフライトを変更する必要がある顧客がいます。通常は変更手数料がかかる状況でも、オペレーターは状況を判断し、手数料を免除する権限を持っています。AIはこうした判断を提案することはできますが、最終決定は人間が行います」
これこそが、「感情が入るもの、例外が入るものはまだまだ人」という現実だ。
Voice AI の衝撃的な精度
複数のセッションで体験したVoice AI のデモは、私にとって大きな驚きだった。
Voice AI の導入は、日本と比較して圧倒的に進んでおり、精度も高い。自然な会話の流れ、顧客の割り込みへの対応、感情の読み取り、そして何より「会話の文脈を理解した上での柔軟な応答」――そのレベルは想像以上だった。
あるデモでは、顧客が途中で話題を変えても、AI が文脈を保持したまま対応していた。
「あ、そういえば別の質問があるんだけど」という自然な会話の流れにも、スムーズに対応する。

やはり英語という言語が先行している印象を強く受けた。日本語は、主語の省略、文脈依存、敬語の複雑さなど、Voice AI 実装における独特のハードルがある。米国が到達しているレベルに、日本語の Voice AI が追いつくにはまだ時間がかかりそうだ。
しかし、この Voice AI の進化は避けられないトレンドだ。日本企業も、テキストベースの AI 対応だけでなく、Voice AI への展開を視野に入れる必要がある。
「high volume, low risk」から始める段階的アプローチ
Rampertab 氏が語った実装プロセスも示唆的だった。
「私たちは、AI に任せるタスクを選定する際、『high volume, low risk(高頻度・低リスク)』という明確な基準を持っていました。発生頻度が高く、リスクが低い業務から着手し、段階的に拡張する」

「重要なのは、pilot(パイロット)を『学習の機会』と捉えることです。『うまくいくかどうか試す』のではなく、『どうすればうまくいくかを学ぶ』のです」
この姿勢が、日本でよく見られる「PoC 止まり」との決定的な違いだと感じた。米国企業は最初から実装を前提としている。PoC は「検証」ではなく「学習」の機会だ。
オペレーターの役割再定義が必須
今回の CCW を通じて強く実感したのは、オペレーターの仕事は確実に変わっていく、という事実だ。
変化の方向性は明確だ。
・リピートタスク(情報検索、データ入力、基礎的診断)→ AI が得意 |
そして、AI によって定型業務から解放されたオペレーターは、より高度で価値の高い仕事に集中できる。Dell が語った「superhuman agents(超人的エージェント)」とは、まさにこの進化した役割を指している。
オペレーターは減る。しかし無くならない。そしてむしろ、残ったオペレーターの重要性と価値は上がる。この構造を前提とした組織設計、採用基準、育成プログラム、評価制度の見直しが日本企業にも必須だ。
次回最終回では、こうした実装が日本市場に対して何を示唆するのか、そして次のステージに備えるために今すぐ着手すべき具体的なアクションについて整理する。
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