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第1回:「生成 AI の導入論争」はすでに終わっていた――米国 CC が問う”次の設計思想”米国は「AI チャットボット」の次へ――3年差を埋めるために日本企業に必要な視点

※CCW Orlando 2026 視察レポート 連載記事(全3回)
※著者:網本 信幸(株式会社Proz 代表)

はじめに:会場で感じた「3 年の差」

2026 年 1 月、米国フロリダで開催された CCW(Customer Contact Week) Orlando に参加した。目的は、米国コンタクトセンター市場の最新動向を直接体感することだ。

「CCW Orlando 2026」の会場への入口

会場に入った瞬間から感じたのは、日本市場との明確な「温度差」だった。数千人の参加者、数十のセッション――そのいずれにおいても「生成 AI を導入すべきか否か」という議論は皆無だった。議論の焦点は常に「どう使うか」「なぜうまくいかないのか」「次に何が来るのか」だ。

セッションや参加者の様子を観察していて最も印象的だったのは、企業側で何かしらの形で生成 AI の導入は既に行われており、成功と失敗の両方の経験があり、次に進むべき道、取り組む施策も見えている様子だった。

休憩時間のネットワーキングでも、「うちは去年ここに AI を入れたけど最初は失敗した」「でも今はこう改善してうまくいっている」という具体的な経験談が飛び交っていた。

この経験値の蓄積が、私が感じた日本との差だ。決して以前言われていたような5年~10年の遅れではない。しかし、確実に 3 年程度の遅れがある。米国企業は既に試行錯誤を経て、次のステージに入っている。

一方、日本の多くの企業は、まだ「導入すべきか」「どのベンダーを選ぶか」という入口の議論をしている。

進化の段階:米国は既に「Agentic AI」と「Voice AI」の実装段階へ

会場で明確に感じ取れたのは、AI 技術の進化における段階の違いだ。私なりに整理すると、こうなる。

IVR➡シナリオ/FAQ ボット/コール文字起こし → AI チャットボット/AI 要約 → Agentic AI / Voice AI

日本と米国のAI技術の違い

米国の先進企業は既に最後のステージ――Agentic AI とVoice AI の実装フェーズに入っている。一方、日本の多くの企業は、その一つ前の「AI チャットボット」の導入段階。

この差は、セッション内容を見れば一目瞭然だった。日本であれば「生成 AI チャットボットをどう導入するか」がメイントピックになるであろうテーマは、CCW では「前提」として扱われている。

代わりに議論されているのは、「Agentic AI(自律的に判断して業務を完結させるAI)」や「Voice AI(音声での顧客対応AI)」だ。

特にVoice AI の導入は、日本と比較して圧倒的に進んでおり、精度も高い。複数のセッションでVoice AI のデモを見たが、自然な会話の流れ、割り込みへの対応、感情の読み取りなど、そのレベルは想像以上だった。

やはり英語という言語が先行している印象を強く受けた。日本語での Voice AI 実装には、まだ言語特有のハードルがありそうだが確実に同じ波が来ると感じた。

「導入するか」ではなく「どう機能させるか」

「導入するか」ではなく「どう機能させるか」

CCW Digital が主導したワークショップ「IN FOCUS: The Self-Service Dilemma」は、私にとって最も刺激的なセッションの一つだった。Managing Director のBrian Cantor 氏、 Divisional Director のBrooke Lynch 氏を中心に、生成 AI 導入後の現実が率直に語られ た。

冒頭で示されたデータが興味深かった。

「74%以上の消費者が今日のカスタマーエクスペリエンスは遅すぎて不便だと感じてい る。さらに問題なのは、チャネル選択の自由がないと訴える顧客が増加していることだ」

「顧客のWeb 自己解決への信頼は、実際に昨年から低下している。顧客の 71%は、やや複雑な問題でも人間のエージェントによるサポートを期待している。そして、AI が自分のジャーニーに価値を加えていると感じている顧客はわずか 29%に過ぎない」

理論的には、生成 AI が多くの課題を解決するはずだった。しかし現実は複雑だ。Cantor氏の指摘は明快だった。

「私たちは顧客の声を十分に聞いていない。その結果、自己解決体験が『エンパワーメント』とは程遠いものになっているケースがある」

このセッションで強く共感したのは、「盲目的な技術導入」への警鐘だ。米国でも、当初 は「生成 AI さえ入れれば問題が解決する」と考えた企業が多かった。

しかし現実は、具体的なプロセスや顧客の体験課題をベースに「どうやったら解決できるか」を検討しなければ、技術だけでは期待した成果は得られない。

この視点は、日本企業がこれから本格的に AI 導入を進める上で極めて重要だ。単に「生成 AI で答えを返す」だけでなく、「顧客の具体的な課題を本当に解決できるか」を常に問う必要がある。

顧客に「選択肢」を提供することの重要性

参加者との対話の中で、ある企業の担当者がこう語った。

「私たちは生成 AI チャットボットを導入し、deflection rate(逸らし率)は確かに上がった。しかし同時に、一部の顧客は、すでにチャットボットの対応に不満を抱えた状態でオペレーターに到達することが多い」

生成AIを導入したコンタクトセンターの課題を語っている様子

Lynch 氏の分析は的確だった。

「問題は技術そのものではなく、設計思想だ。顧客が提供される自己解決ツールに価値を感じられなければ、それは顧客の時間を奪っているだけになる。そして最終的にエージェントに繋がったとき、そのエージェントに問題を解決する権限が与えられていなければ、顧客体験はさらに悪化する」

この構造的な課題は、日本でも同じだ。重要なのは、技術の導入そのものではなく、顧客体験全体の設計だ。ここで学んだ最も重要な視点は、顧客に「選択肢」を必ず提供することの必要性だ。

チャットボット、有人チャット、電話――顧客が自分の状況に応じて選べるようにする。緊急度が高い顧客、複雑な問題を抱える顧客に対しては、いつでも人間のサポートにアクセスできる道を用意すべきだという主張であった。

これは「顧客体験」という抽象的な話ではなく、極めて実務的な設計の問題だ。有人チャットへのスムーズなエスカレーション、電話への誘導など、マルチチャネルの選択肢を前提とした設計が必須だ。

「Personalization」の現実的な意味

セッションの中で頻出した「Personalization(パーソナライゼーション)」という言葉について、私は当初、何かより高度な技術を指すのかと思っていた。しかし実際には、極めて現実的な話だった。

米国企業が言う「Personalization」とは、特別なことではなく、AI チャットボットが CRM やログイン情報などに接続している、という意味で OK だ。

つまり、顧客が問い合わせをした瞬間に、その顧客の過去の購入履歴、問い合わせ履歴、現在のステータス(会員ランク、契約内容等)が自動的に AI に渡される。

AI は「あなたは誰ですか?」「ご注文番号を教えてください」といった質問をせずに、本題に入れる。また、顧客の契約状況や最近のオーダー状況を理解した上で回答をするという意味になる

Felicia Williams氏が話をしている様子

Zillow から登壇した Felicia Williams 氏(Senior Director, Support Services)は、この点を強調していた。

「住宅購入という重要な意思決定において、顧客は膨大な不安を抱えています。彼らがカスタマーサポートに連絡する時点で、すでに何度も Web サイトを訪れ、物件を比較し、複数のエージェントとやり取りしている。その文脈を理解せずに『どのようなご用件でしょうか』と聞くこと自体が、顧客体験を損なう」

これは技術的にはデータ連携の話だ。しかし、この「当たり前」の実装が、米国では既に標準になっている一方、日本ではまだ実現できていない企業が多い。

この「Personalization の現実」を目の当たりにして、データ統合の重要性を改めて認識した。単体のツール導入ではなく、顧客データベースとの深い統合が前提となる設計が今後は重要になりそうだ。

本質は「Human-like」ではなく「Human-liked」――今回の CCW を貫く核心的思想

本質は「Human-like」ではなく「Human-liked」――今回の CCW を貫く核心的思想

Cantor 氏の一つの重要な指摘が、「Human-like(人間のような)」という表現への批判だった。この Human-like / Human-liked の違いは、今回の CCW 全体を貫く”思想の分岐点”だと私は感じた。

Human-like とは、AI を「人間っぽく」見せることに重きを置く考え方だ。

会話・感情・言葉遣いを人に近づける。名前のついたチャットボット、「お気持ちお察しします」「ご不便をおかけして申し訳ございません」といった定型文、絵文字やフレンドリーな口調―—これらはすべてHuman-like を追求した結果だ。

これは一見良さそうに思える。しかし Cantor 氏の指摘は痛烈だった。

「AI が人間のように振る舞うことが目的ではない。顧客に liked(好まれる)体験を提供できるかが本質だ。人間らしさを追求するあまり、実際に問題が解決されない体験を提供しているなら、それは失敗だ」

一方、Human-liked とは、人間が「これは助かる」「これで十分」と思える体験を設計する考え方だ。人間らしさは目的ではなく、結果として必要な場合のみ使う。

CCW で繰り返し語られていたのは、Human-liked な体験において重要視される 4 つの要素だった。

1. Accountability(責任) → その対応で「完結」するか
2. Resolution(解決) → 問題が本当に終わるか
3. Context(文脈理解) → 過去・状況・履歴を理解しているか
4. Respect(時間と労力への敬意) → 余計な会話をさせないか

感情表現は二の次だ、と Cantor 氏は強調した。
あるセッションで共有された具体例が、この違いを鮮明に示していた。

「私たちは生成 AI チャットボットに『共感的な表現』を学習させた。『ご不便をおかけして申し訳ございません😊』『お気持ちお察しします』といった言葉を適切なタイミングで返すようにした。しかし顧客満足度は上がらなかった。理由は単純だ。問題が解決していないからだ」

つまり、丁寧な言葉、共感フレーズ、フレンドリーなトーン――これらは「解決できる能力」があって初めて意味を持つ。

Lynch氏が総括を語る様子

Lynch 氏が総括した一言が、今回の CCW で最も印象に残った表現の一つだ。

「Empathy without capability is insulting(解決能力のない共感は、むしろ失礼だ)」 表面的な共感は、顧客を侮辱する。顧客が求めているのは「理解されている」という感覚ではなく、「問題が解決される」という結果だ。

具体例で見ると、この違いはさらに明確になる。

❌Human-like に偏った体験:
・「ご不便をおかけして申し訳ございません😊」
・注文変更できない、返金できない、履歴を知らない
・最後は汎用のFAQ を提示するだけで、オペレーターにも接続できない
👉期待を裏切る体験

✅Human-liked な体験:
・無駄な前置きなし
・「注文番号○○について、配送遅延が発生しています。返金または再発送、どちらにしますか?」
・その場で完結
👉言葉は淡泊でも圧倒的に好まれる

米国の CC 業界では、「AI を人間のように振る舞わせる」ことよりも、「人間が好む結果を出せるか」が重視されていた。Human-like ではなく Human-liked。この言葉が、今回の CCW を象徴していた。

この思想転換は、特に日本市場にとって重要な示唆を含んでいる。日本は特に、丁寧さ・共感・言葉遣いを重視する文化だ。しかし、それが”解決能力を伴わない対応”だと逆効果になる。

日本企業に必要なのは「丁寧だが無力な対応」ではなく「静かに仕事を終わらせる仕組み」だ。

日本への示唆:3 年の差を埋めるために

今回の CCW で最も強く感じたのは、米国企業が既に「生成 AI の試行錯誤のフェーズ」を経て、次のステージに入っているという事実だ。

日本との差は 3 年程度だと感じる。10 年、5 年ではない。しかし、この 3 年は大きい。なぜなら、米国企業は既に「生成 AI 導入の失敗」や「成功」を経験し、そこから学んでいるからだ。

日本企業が今すぐ取り組むべきは、以下4項目だろう。

・盲目的な技術導入ではなく、具体的な顧客課題ベースでの検討
・AI とCRM・顧客データベースの統合(Personalization の実現)
・顧客への複数チャネル選択肢の提供
・Human-like ではなくHuman-liked――解決能力を伴った体験設計

次回は、米国が既に進んでいる「Agentic AI」と「Voice AI」の具体的な実装事例を、 Dell、Macy’s、JetBlue の事例をもとに掘り下げる。そして、オペレーターの役割がどう変わっていくのか、その現実的な姿を報告したい。

【著者プロフィール】
網本信幸(株式会社Proz 代表)トランスコスモスアメリカの事業責任者として米国に 12 年間勤務した後、NYSE 上場のマーケティング系SaaS の日本事業立ち上げに Chief Revenue Officer として参画。2022 年にProz を創業し、AI をフル活用して顧客の自己解決とオペレーターの効率性を最大化するカスタマーサポートプラットフォーム「ProzAnswers」を開発・提供している。

 

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